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東京高等裁判所 平成8年(ネ)5184号 判決 1997年5月29日

控訴人(被告)

松本謙二

被控訴人(原告)

三島康裕

ほか一名

主文

本件控訴を棄却する

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴人らは、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり付加する他は、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人

(一)  被控訴人三島が第一事故を起こさなければ、その一分後の本件事故は発生せず、第一事故は不可避的に本件事故を発生させたとみられるから、第一事故は本件事故と相当因果関係があり、かつ、本件事故と第一事故は、その間に時間的場所的近接性があるから、社会的にみて同一の機会に生じた同時事故である。そして、本件事故と第一事故は、一体となつて三島車の損害の全部を発生させたものであり、第一事故による修理費五四万二〇三〇円と本件事故による修理費六九万四〇六〇円との合計一二三万六〇九〇円は本件事故時の三島車の時価八八万円を上回るから、三島車は経済的全損になつたとみるべきである。被控訴人三島は、被控訴人会社から、経済的全損になつた三島車の損害八八万円のうち、第一事故による修理費五四万二〇三〇円の支払を受けて、損害が填補されたのであるから、被控訴人らの控訴人に対する損害賠償請求権は三三万七九七〇円である。なお、被控訴人会社は、被控訴人三島に対し、第一事故による修理費及び本件事故による修理費を支払つているが、保険会社は修理費を修理工場に直接支払うのが通常であるから、被控訴人三島は、三島車を修理しないで本件事故時の時価を超える修理費の支払を受け、その結果、本件事故により利得したとみられる。

(二)  三島車は、第一事故により進行方向に向かい右斜めになつて車道を塞いで停止したが、後続車による衝突が予想される状況にあり、三島車のエンジン機能に障害はなく自走することができたのであるから、被控訴人三島は、第一事故後直ちに三島車をトンネル内の側壁に接近して停める等後続車に対する事故回避措置をとるべきであつたのに、これをしなかつた。したがつて、被控訴人三島には、事故回避措置をとらなかつた過失があるから、少なくても五割の過失相殺をすべきである。

2  被控訴人ら

(一)  本件事故は、第一事故の七分後に発生したものであり、仮に本件事故が第一事故の一分後に発生したものであるとしても、第一事故と本件事故は全く別の事故である。控訴人は、三島車が経済的全損になつたと主張するが、第一事故と本件事故が全く別の事故であること、それぞれの事故によつて生じた修理箇所は別々の部位であること、被控訴人三島が現実に修理をしていること、被控訴人らの請求額は修理費であつて原状回復に必要な実費であること、控訴人主張のように考えると、現実の修理費の一部を被害者側が負担し加害者側が利得するという不公平な結果となることなどからみて、控訴人の右主張は適用すべきではない。

(二)  本件事故は、第一事故の七分後に発生したものであり、仮に本件事故が第一事故の一分後に発生したものであるとしても、控訴人が前方に注意して走行してさえいれば本件事故を回避することができたのであるから、被控訴人三島に過失はない。

三  証拠関係は、原審記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

四  当裁判所も、被控訴人らの請求は理由があるからこれを認容すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり敷衍する他は、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない乙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一、第二号証、第四及び第五号証の各一ないし三、第六ないし第八号証、平成七年三月二七日当時の三島車を撮影した写真であることに争いのない甲第三号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  被控訴人三島は、平成七年三月二一日午前六時四九分ころ、三島車を運転し、横浜市保土ケ谷区常盤台一八番地横浜新道(高速道路)下り一・二キロポスト先のトンネル内の道路を細田昌路運転の普通貨物自動車(以下「細田車」という。)に追随して進行中、細田車が渋滞のため停止したのを認めて、急制動の措置を講じたが間に合わず、細田車右後部に三島車左前部を衝突させた(第一事故)。控訴人は、同日午前六時五〇分ころ、控訴人車を運転して右事故現場に差し掛かつたが、前方注視を怠り、第一事故により停車していた三島車右側部に自車前部を衝突させた(本件事故)。三島車は、第一事故により左前部に損傷を受け、また、本件事故により右側部に損傷を受けた。

(二)  被控訴人三島は、三島車の修理を依頼したが、その修理費として、左前部の損傷については前部バンパーの交換等合計五四万二〇三〇円を、また、右側部の損傷については右側後部ドアの交換等合計六九万四〇六〇円をそれぞれ要した。

(三)  被控訴人三島は、平成六年六月二八日、被控訴人会社との間で、保険期間を同月三〇日から平成七年六月三〇日までとする自動車保険契約を締結していたが、車両については、保険金額を一〇〇〇万円(免責金額一〇万円)とするものであつた。そこで、被控訴人三島は、被控訴人会社に対し、自動車保険金の支払を請求し、被控訴人会社は、同年五月二九日、被控訴人三島に対し、右自動車保険金として、左前部の損傷に対する修理費五四万二〇三〇円及び右側部の損傷に対する修理費六九万四〇六〇円のうち免責金額一〇万円を控除した五九万四〇六〇円をいずれも被控訴人三島の指定した金融機関の口座に振り込んで支払つた。

(四)  三島車は、初年度登録が昭和五八年六月の同年型メルセデスベンツ三〇〇Dターボであるところ、本件事故当時の中古車紹介雑誌には、三島車と同一の車種、年式、型の中古車の千葉県内の販売店における価格が八八万円であるとの記事が掲載されている。

2  右認定の事実によれば、控訴人は、前方注視を怠つて進行した過失により、第一事故により停車していた三島車右側部に自車前部を衝突させ、これにより、三島車右側部に修理費として六九万四〇六〇円を要する損傷を与えたのであるから、被控訴人三島に対し、民法七〇九条に基づき、同額の損害賠償義務を負うものである。そして、被控訴人会社は、被控訴人三島に対し、自動車保険契約に基づく保険金として五九万四〇六〇円を支払つたから、この結果、控訴人は、被控訴人三島に対しては一〇万円、被控訴人会社に対しては五九万四〇六〇円の損害賠償義務がある。

この点について、控訴人は、第一事故は本件事故と相当因果関係があり、かつ、本件事故と第一事故は、その間に時間的場所的近接性があるから、社会的にみて同一の機会に生じた同時事故であるところ、本件事故と第一事故は、一体となつて三島車の損害の全部を発生させたのであり、第一事故による修理費五四万二〇三〇円と本件事故による修理費六九万四〇六〇円との合計一二三万六〇九〇円は本件事故時の三島車の時価八八万円を上回るから、三島車は経済的全損になつたとみるべきであると主張する。しかしながら、右認定の事実によれば、控訴人は、第一事故が発生してから約一分後に事故現場に差し掛かり、第一事故により既に停車していた三島車に自車を衝突させたのであつて、本件事故は、控訴人が前方注視を怠つた過失により発生したものといわざるを得ないから、第一事故が本件事故の直接の原因となつたとは認められない。しかも、第一事故による三島車の損傷部位と本件事故によるそれとは全く異なつていることを合わせ考えると、本件事故による三島車の損傷が第一事故と相当因果関係のある損害であるとか、本件事故と第一事故が社会的にみて同一の機会に生じた同時事故であるとは認めることができないし、本件事故と第一事故が一体となつて三島車の損害の全部を発生させたとも認めることができない。また、三島車の本件事故時における取引価格が八八万円程度であるとしても、本件事故による三島車の修理費は六九万四〇六〇円であるから、三島車が本件事故によつて経済的に修理不能と認められる状態になつたということはできない。確かに、第一事故による三島車の修理費が五四万二〇三〇円であるから、これと本件事故による修理費六九万四〇六〇円を合計すると一二三万六〇九〇円になり、右八八万円を上回る。しかしながら、第一事故による三島車の損傷は、前示のとおり、本件事故と相当因果関係のある損害ではなく、また、本件事故と共同不法行為の関係にある事故によつて生じた損害でもないのであるから、三島車が本件事故によつて経済的に修理不能の状態になつたか否かを判断するに当たつて、このような第一事故により生じた三島車の損傷を考慮することは相当でないというべきである。更に、被控訴人三島が三島車を修理しないで本件事故時の時価を超える修理費の支払を受け、その結果、本件事故により利得したという控訴人主張の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。よつて、控訴人の右主張は採用することができない。

また、控訴人は、被控訴人三島が、第一事故後直ちに三島車をトンネル内の側壁に接近して停める等後続車に対する事故回避措置をとるべきであつたのに、これをしなかつた過失があるから、少なくても五割の過失相殺をすべきであると主張する。しかしながら、右認定の事実によれば、控訴人は、第一事故が発生してから約一分後に事故現場に差し掛かり、第一事故により既に停車していた三島車に自車を衝突させたのであるから、本件事故は、控訴人が前方を注視して運転してさえいれば容易に回避することができたのである。そして、右認定の本件事故の状況を考えれば、被控訴人三島が第一事故発生から本件事故発生に至るまでの約一分間に、控訴人の主張するような事故回避措置をとらなかつたからといつて、これをもつて被控訴人三島の過失と評価することはできない。よつて、控訴人の右主張も理由がない。

五  以上のとおりであつて、被控訴人らの請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達德 佃浩一 高野輝久)

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